多分2013年、晴れる屋トーナメントセンターがオープンした。

三百席の椅子があり、毎日大会が開催される。それはクソガキにとって前代未聞であった。
当時のクソガキは学生(それも文系)だ。財布こそ寒々しいものの、退屈さすら感じるほど時間がある。日もフォーマットも問わずマジックの大会が開催されるとなれば、授業さえ片付ければいくらでもマジックをできることと概ね同義であった。

何より、晴れる屋TCは広いのだ。三百席が確保されてなおスペースに余裕がある。そして清潔だった。マジックプレイヤーといえば風呂に入らないというのが定説だが、そんな不潔なマジック界隈において、晴れる屋TCは異質と言えるほど清潔と言っても良かった。整然と言うほうが正確かもしれない。

もちろん悪臭が漂うことなく空気もクリーンだが、椅子を従えたテーブルや、店内中央に一段高く設置されたフィーチャーテーブルなどの物の配置は整然というほうが近い。何より当時としては珍しいPC注文によるカード購入システムを導入したのが、晴れる屋TCの整然さの実現に一役買った。このおかげで他のカードショップに良く見られる「ストレージボックスに入ったカードから客が自らカードを探しレジまで持っていく」というシステムを廃することができたのだ。このシステムは整然のまさに対義と言っても良く、混雑する時間帯には客(風呂に入らない)が密集して通路を塞ぐといった光景が良く見られた。

晴れる屋TCはさらに他のカードショップのように店内にポスターをべた貼りすることがなかった。どうもカードショップには販売会社からポスターやポップが送られてくるようで、それらをそこらじゅうの壁に貼り付けている。ポスターは自分たちが一番目立とうと躍起になって派手な色遣いをし、イラストでアピールする。そいつらが何枚も何枚も並んだ光景は「五月蝿い」という他ない。晴れる屋TCではマジックしか扱っていないからかはわからないが、白い壁が物言わず立っているだけだ。それは三百席分並んだ白いテーブルと調和して、清潔の白色を視界に提供してくれていた。他カードショップの壁と比べると本当に一目瞭然で、例えば渋谷のグラフィティアートと快晴の青空を比べるような印象を受けた。

とにかく晴れる屋TCは、かつて見たどんなカードショップよりも見晴らしが良く、清潔で、ストレスの感じられない場所だった。
これまでのカードショップがファイレクシアだとするのであれば、晴れる屋TCはまさにアージェンタム、後のミラディンとなる美しく統一された次元だったのだ。

それから少し時が経ち、店内にコーヒーの自販機が置かれたあたりから、晴れる屋TCは「居心地の良い場所」としての地位も確立していった。
コーヒーの自販機は高速道路のサービスエリアなどにおかれているあれだ。値段の割りにだいぶ美味しいものを飲むことができる。

さらに晴れる屋TCには漫画が置かれていた。大会中の空いた時間に読めるように、単行本だけでなく、ジャンプやマガジンといった雑誌まで自由に読むことができたのだ。
こうなると最早漫喫だった。クソガキは晴れる屋TCへ行きコーヒーを飲みながらジャンプを読み、空いた時間で大会に参加するような状況になった。ジャンプは四週ごとに一冊が廃棄されるので、一月に一度は必ずジャンプを読みに行き、コーヒーを飲んで帰宅した。最終的に大会に参加することなくジャンプだけ読んで帰っていた。割と面直でクソガキ呼ばわりされても反論できない気がした。
それでも、そのくらい居心地の良い場所だったのだ。

ここで、当時クソガキの周囲にいたマジックプレイヤーの中から、晴れる屋TCの居心地の良さを語る上で外せない人物を紹介する。仮にA氏としよう。
A氏は酷く繊細な人物だった。ラーメンを食べれば翌日は起き上がれず、飲み水が無くなれば体力が底をつく。限界が近づくとデッキすらろくに持ち上げられなくなり、クソガキに荷物を預け始めるへなちょこぶりを見せ付けた。階段を上らせただけで息が上がるのでクソガキ的には見ていて楽しかった。
しかし彼は芸人でもあった。手札事故を起こしたなら力のかぎりごらくに煽られ、やっとの思いで帰宅したなら今度はTwitterにおけるNSKR式煽りストームが炸裂する。どこへいても煽られる彼だが、煽られては抵抗するように「キレそう」と言うのだ(キレちゃやですよ~)。

A氏はマジックが大好きだったのでしょっちゅう晴れる屋TCに入り浸っていた。彼はマジックが大好きだったのでコーヒーを飲みながら漫画ではなくカードを触っていた。彼はマジックが本当に大好きだったので良くマジックをプレイした。だいたい手札が島五枚になってボコボコにされていた。もちろん彼はマジックが本当の本当に大好きだったのでボコボコにされてもニコニコしていた。口ではキレそうと言っていたので多分この文章を読んでまた「キレそう」と言うに違いない(キレちゃやですよ~)。

とにかく時間の余っていたクソガキとマジックが好きで好きで仕方の無いA氏は晴れる屋TCで良く顔を合わせた。つるりんに「何しにきたの?」と聞かれたときは、二人とも「コーヒーを飲みに来た」と答えた。大会に参加しないにせよ、晴れる屋TCとはそういう場所だったのだ。

さらに少し時は経ち、A氏は丼で有名な某県に帰郷し、クソガキは就職して大阪へ住居を移した。

先述したように、クソガキは晴れる屋TCにてジャンプだけ読んで帰っていたくらいにマジックのプレイ頻度は減っていた。大阪に移住してマジック仲間を失えばそれはさらに顕著になり、カードショップの密集した難波付近まで足を伸ばす用事もできなかったため、どんどんとマジックをしなくなっていく。
まあそれもいいかなとは思った。カードを売る気はないが、したいと思わなければ無理にする必要もない。東京に戻ったときに遊べれば良いくらいのスタンスでいようと思ったのだ。

しかし、晴れる屋大阪店がオープンし、大阪から近い神戸でのモダンGPの開催が近づいてきた。
マジックをする条件が整いすぎていた。晴れる屋大阪店は、家からも職場からも電車で十分、しかも大会参加費無料のキャンペーンまで行い始めた。
いや、正直に言うとクソガキは暇すぎたのだ。同期すら伴わず一人だけ大阪に飛ばされ、これまでマジックが趣味だったためにそれをしなければ外にすら出ない。一週間を職場と家の往復にのみ使うと心身に良くないと感じたので、何かしら外に出ようと思っていたところだった。渡りに船というところだ。

そうして再開したマジック。晴れる屋大阪店は、晴れる屋TCを小さくした店という印象だった。
TCと同じく白い机に白い壁、店内はTCほど余裕を持ったテーブルの配置はされていないが、最低限の購入用PCになるべく席数を多く保ったフリースペース。もちろん小規模だが漫画も置いてあり、名作と名高いジョジョから最近有名になった乙嫁語りまで、それなりの冊数がある。居心地の良さという点ではさすがにTCには劣るものの、店内の晴れる屋のキャラクターのクソデカ顔抜きパネルを除けばだいぶ良いレベルまで実現していたと思う。
整然さと居心地の良さでは間違いなく晴れる屋TCのそれを受け継いでいた。
なので、初めて行った時、店内アンケートの「大阪店に欲しいものは?」という問いに「ジャンプとコーヒー」と書いて店を出た。
(クソデカパネルは撤去されましたしジャンプは実装されました)

大阪でのマジック環境を悪いと言うことはクソガキにはできない。大阪店はプレイに十分な広さを持ち、清潔で整然としているし、駅ビル内のため飲食店も数多い。これ以上を望んだらそれこそTC規模になってしまうのではないだろか。とにかく大阪においてクソガキはほぼ不満はなくマジックをしていた。

少し時間が経ってゴールデンウィークが来た。
クソガキは九連休をもらって東京に帰省した。
別にマジックをすることが目的ではないものの、空いた時間にちょうど良かろうとモダンのデッキを持ってきていたので、五月一日に大会に参加する目的で晴れる屋TCへ久しぶりに足を向けた。

愕然とした。

かつて見た広さは失われていた。いや、もちろんTCの坪数が少なくなっているわけではない。ただ、空いたスペースがどんどん埋まってきている。
いつごろからか店内に入るとすぐ右手にサプライなのか良くわからないが何かを売るコーナーが設けられた。過去ここは何も置かれておらず、確かに勿体無いスペースと感じることは時々あった。しかしTCでマジックをプレイする人口は過去に比べると信じられないほど増えており、クソガキが大阪に引っ越す前から平日大会ですらかなりの席数が埋め尽くされた。その上今は平日大会が無料でさらに増えているのだろう。人が増えればものは売れる。ものが売れればレジは混雑し、店内に入って目の前にあるレジ前スペースは購入待ちの列ができる。レジの横にはショーケースがあり、そこを眺める人もいる。挙句がこの何を売ってるか良くわからないコーナーだ。それは人を呼ぶだけでなく、過去に比べてより必要になったはずのスペースを食いつぶす。時折店内からはみ出て階段の踊り場でなにやら話し込む数人組みすら見受けられる始末だ。ちなみに何を売ってるか良くわからないのはクソガキが全然見てないだけだ。

群がるマジックプレイヤーをかき分けゲームスペースに入ると、そこにはもう過去存在した見晴らしの良さは消えうせて、うごめくマジックプレイヤーがいるだけだった。クソガキは思わず顔をしかめた。酷い湿気だった。雨のせいもあるだろうが、三百席がほぼ埋まる人数が呼吸を繰り返し、空気が悪くなっていることは確かだ。
それからクソガキは店内を見回した。あの感覚がない。何かおかしいと思ったら壁が高価買取の広告などで埋まっている。向かいの壁にはいまや第八期となった四つのフォーマットの神の額縁がずらっと並び、レガシー神にいたっては川北神の写真が彼の成長記録のようにトロフィーをかかげて八枚分。

なにはともあれクソガキは本棚に向かった。まずは漫画だ。大会とかどうでも良いからとりあえず漫画だ。いやちゃんと参加もするけどとにかく漫画だ。
近づくと、本棚付近で立っている人が数人いた。立ち読みだ。驚くことにもはや座って漫画を読むことすら彼らはしていない。席はいくつかは空いているが、人をかきわけてそこへ行く労力を惜しんで彼らはそこにいる。信じられなかったのでクソガキは漫画だけもって席に座った。正直もう疲れた。
そして本棚のすぐ横には昔は読書用にベンチが置かれていたのだが撤去されている。これはスペースを活用するため仕方ないかとは思うが、問題はベンチのあった壁だ。何を貼ったのかは知らないが、貼り跡がべたべた残って壁を汚している。その上にさらに張り紙や注文用タブレットを貼り付けたりしているので、余計に壁が汚く見えた。これじゃグラフィティアートだ。

やがて大会が始まった。いつもどおりモダンをプレイする。今のTCでの大会参加人数では昔のように一つ席を空けて座ることなど到底できず、以前はたくさん見受けられたコーヒーを携えてゲームに臨む人も、コーヒーが邪魔になってしまうからか、一人もいなかった。それどころかゲームを終えて見渡してみれば、コーヒーを飲んでいる人などほとんどいないのだ。漫画を立ち読みし、階段の踊り場で立ち話をし、店内は三百人分の呼気のるつぼ。

もう、「整然」と「居心地の良さ」は晴れる屋TCからは失われてしまった。
冒頭でミラディンとファイレクシアに例えたが、清純なるミラディンは新たなるファイレクシアへと「完成」する運命だったのかもしれない。

人が増えるのは良いことに違いない。市場は肥大化するし、売上が伸びればできることも増える。良く知らないが「マニア」や「横綱」など「神」以外にも晴れる屋は様々に活性化を行っている。クソガキ的にはこの調子でどんどん記事を書いて周知の必要な情報を配信して欲しいと思う。
「何しに来たの」と問われて、クソガキやA氏が「コーヒーを飲みに来た」と言えたのは、知らない間に過去のことになってしまったらしいが、それでもクソガキがゆっくりできなくなったと言っているだけに過ぎない。

コメント

newyorker
2017年5月2日10:11

4/30に初めて、晴れる屋に行きました。
冒頭に書かれている雰囲気ではなかったので、
私の勘違いかな?と思ってましたが、文章を
読み進めて行くうちに、あっ、同じ感覚だ。
と思いました。
北米でプレイしてた自分にとって、日本での
環境は馴染みづらく、良いお店を探してます。
オススメのショップとか、ありますか?

くいろ
2017年5月2日12:24

こんな長文読んでいただいてありがとうございますw そういえばもう日本にいらっしゃるんでしたね。
同じ高田馬場にあるバトロコはゲームをプレイするだけなら広くて良いところですよ。もしくは渋谷ミントは席数こそ多くないですが、バーも兼ねているので雰囲気が良くて僕は好きです。
あと僕は行ったことありませんが、水道橋の東京MTGは居心地が良いと聞いたことがあります。

newyorker
2017年5月2日15:04

江戸川区に住んでるので、東京MTGに
行ってみたいと思います。
そらにしても、就職したばかりなんですね。
最初は、大変かとは思いますが、適度に手を抜いて
仕事、頑張ってください。東京で、いつかお会い
できたらと思います。

ハリー
2017年5月2日15:36

オープンしたころは知らんですけど2年くらい前は東京に1年住んでたので偶に行ってましたね、今は関西なのでもっぱら大阪店です

まぁ確かに当時からイベントの日はごった返していたものの、今はもっとすごい人になってますね
人が増えるのは良いことですが、居心地という意味ではまぁ、ぎゅうぎゅうになって不快度が上がるのはTCG界隈では宿命ですね やむなし

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